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2008年 11月 12日
東京人は死んじゃえばいいんですか?
東京人は死んじゃえばいいんですか?_e0017868_142389.jpgできるだけ,ある地域や民族の肩を持たないように書こうと思う.
元々僕は,「日本」という国よりも地方,都市単位でものを考える傾向がある.自分が日本人であると言うより,自分が東京人であるという意識の方が強い.どんなに拡げても「東北・北海道系東京人」だし,それ以上拡げると「東アジア人」になってしまう.戦後民主主義の数ある側面(その中にはもちろん優れたところがあり,それを伸ばしていかなければならない)の中の一つに,「日本」という主語を伴う発話がネガティヴな評価を伴いがちだった点は確かにあるだろう.そうすることで,みな「日本」の進歩・発展を願っていたのだから,それはそれで「愛国心」の一つの形である(そうして高度経済成長に国民こぞって参加して/させられていったのだ).そうした現状批判が促す思考を避けたい人間が,「日本」を無条件に肯定してしまう短絡的で右翼的な言動に奔っているのが現状だと思う.僕が「日本」を避けたがると言われているのも,別の形の思考逃避という愚かな機制かもしれない.
そうした僕の気分とは別に,東京が「日本」の中心的機能を負ってきた点は,現状として認めねばならない.経緯としては,西日本の端っこの方から来たクーデタ政府が,対抗派閥の多かった関東以北に睨みをきかせるために,それまでの江戸・京都,行政権力・王権の二重統治体制,“楕円型”の統治機構を改め,行政と王権を東京に重ねた「一極集中」体制に設定したのである.東北をすっ飛ばして(あるいは東北を空洞化して)北海道開拓に力を入れた明治政府の政策は,そうした地政学の賜物ではなかったのか(だから東北の人口が政策として減り,戦後「東海道メガロポリス」や「第一国土軸」の裏側で一次産業を東北・北陸により多く残すことが定着してから,北海道移住政策は下火になる).そういえば台湾や朝鮮半島や中国への日本軍の動きが「侵略」であるのに対し,先住民族のいた北海道や樺太・千島への日本軍の動きが「開拓」なのは,19世紀的な思考を無批判に引き継いでしまった表現かもしれない(「侵略」に対抗しうる勢力が生まれなかった経緯上,平和的な「開拓」という表現が好まれるのだろうし,事実香港の都市建設に対する大英帝国の執着に比べれば,札幌の都市建設は牧歌的だ.しかし対抗すべき勢力が弱かっただけで「侵略」が許されて「開拓」になるというのは,それこそ植民地主義的な思考である.オーストラリアが,国民の全てとは言わないまでも少なくとも各政府が組織を挙げて,アボリジニのいた「terra nullius」への「開拓」に対する植民地主義的思考を検知し排除しようという努力を行っているのに比べると,なんともおめでたい).
事態は戦後になってもほぼ変わらない.中途半端に天皇制を温存したことにより,「民主主義国」日本の統治体制は,世界最古の王朝と言われる王権=象徴の威光を借りて成立している(オーストラリアなら,自ら王権から離脱することを本気で考えているところだが,もしその動きの理由をすべてロンドンから遠いからという理由に帰するならば,ある時代まで天皇制に浴さなかった東北・北海道や沖縄だって程度問題である).王権と行政の吟味なき共存が戦後も「首都」東京を維持している.つまりこの都市と権力の分布に関わる体制は,150年間ほぼ変わっていないのだ.経済が東京に集中するのも日本の経済が行政と一心同体で動いてきたからだが,東北や北海道の行政に依存した経済構造に比べれば,関西経済が地盤沈下しているなどという嘆きはお気楽なものだ.
もし東京の一極集中が言われるほどひどいのならば,もはや東京以外の地方は等し並みに数ある地方の一つと言わざるを得ないはずだ.なぜ,東京のバックアップとなると関西がしゃしゃり出て引き受けようとするのだろうか.関西だけが別の地方と違い,「日本」の中心的機能を負いうるという優越意識は,150年以上前までの貴族制に基づいた発想でしかないのではないか.状況的に見ても名古屋でもよいのだし(名古屋を関西に含めるならば話は別だが,発言者はそう考えていないだろう),静岡でも長野でも仙台でもよい.日本が東アジアの国であり脱亜入欧という考え方は捨てる,という宣言のために福岡や新潟や金沢や札幌に首都を置くのもありだし(これこそ象徴的なことだ),本気になって国際社会の中で核廃絶に取り組むのなら広島や長崎に首都を動かしてもいい(これも鮮やかなことだ).さらに「日本」の領域内の経済蓄積をさらに高めるつもりで札幌や仙台に政府を動かす考え方もある(東北や北海道だけで日本の4割の面積を占めているのに,「日本」はそれを使いこなせていない).行政と経済の一心同体の体制を切り離すことも当然考えてよいし,東京になくても関西は十分今までやってきたではないか.今のところ「日本」の領域の中で比較的バランスが取れた位置で,またアジア大陸からもっとも離れた位置にある東京が首都に選ばれているのだが,将来に亘るさまざまなオプションが考えられる中で関西だけが東京への対抗意識ゆえに自らの力を過小評価し,結果的に「来るべき関東大震災はチャンスだ」などという災害を期待する発言につながる.これが震災の起こった兵庫県の知事の発言なのだから救いがたい.阪神大震災で何人死んだと思っているんだろう.リスクはとっくに計算されていて(上の絵はMunich Re社が試算したもの.各省庁で資料に使われているしウェブに落ちているので,僕が掲げるのも構わないだろう),それでも日本国民は東京を選んでいるのだから,課題は必ずやってくる災害に備えてリスクを軽減することのはずだ.
もし元航空自衛隊幕僚長のあの文章が「論文」なら,この文章も十分「論文」になると思うのだが(笑).ほっとくと自衛隊のクーデタ,起こっちゃうよ?

by d_ama | 2008-11-12 15:41 | cities/architecture

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