2017年 10月 03日
分離派100年研究会第3回シンポジウム(11/5,東大本郷)
分離派100年研究会 連続シンポジウム 第3回
「メディアと建築家──博覧会と商業主義のただ中で」
時期:2017年11月5日 13:30-17:00
場所:東京大学本郷キャンパス工学部1号館15号講義室

分離派建築会はなぜ結成され、なぜメディアに掲載されて「分離派式」と呼ばれるほどに有名になったのか。これまで指摘されてきた自己の創作の称揚、また帝大内の主流「構造派」への対抗ばかりでなく、商業との繋がりを考えられないか。──この見地から、分離派と博覧会、とくに1922年平和記念東京博覧会における分離派メンバーが設計したパヴィリオンとこれまでの博覧会パヴィリオンの比較を行い、また同博覧会に出展された「文化村」住宅、さらには博覧会場を飛び出して都市の享楽の場へ与えた影響を、建築史、美学芸術学、日本美術史などの立場から考察を交わし、分離派建築会が当時ブームとなった原動力を探りたい。

○開会:勝原基貴(国立近現代建築資料館)13:30-13:35
○趣旨説明:天内大樹(静岡文化芸術大学)13:35-13:45

●博覧会パヴィリオン編
○ゼツェッシオン(分離派)の導入とその意義
河東義之(小山工業高等専門学校)13:45-14:25
明治初期以降、わが国の建築家たちは西洋建築の導入と学習に邁進してきた。その目標は早くも明治末期に一段落するが、当時は既に彼らが目標としてきた西洋建築そのものが変化を見せ始めていた。新たな構造や材料に基づく新たな西洋建築は、1900(明治33)年のパリ万博以降、欧米に赴いた日本人建築家達や海外の美術雑誌等によってわが国にもたらされ、博覧会やマスメディアを通じて建築界に大きな刺激を与えた。きっかけとなったのは、「分離派」と呼ばれたゼツェッシオンである。その導入と意義を振り返る。

○平和記念東京博覧会の「分離派式」
天内大樹(静岡文化芸術大学)14:25-15:05
1922年平和記念東京博覧会のパヴィリオンを分離派建築会のメンバーが設計できたことは、もちろん実作の機会として貴重ではあった。しかし博覧会の他のパヴィリオンと共に建ったことで合成されたイメージ、あるいはメディアでの取りあげられ方などから、彼らの初志を周囲が十分に理解できたとはいいにくいことが分かる。本博覧会で彼らが実際に行ったこと、博覧会会場ゆえの様々な制約とともに、1914年東京大正博覧会との比較と、建築家の職能の展開と合わせて解説し、当時の日本社会が彼らに課そうとした課題に辿り着く。

●住宅/都市編
○「文化住宅」を生み出した平和博の「文化村」
内田青蔵(神奈川大学)15:15-15:55
大正期に新しい住宅の総称として「文化住宅」という呼称が流行した。この「文化」は、様々なモノの名称と一体となっていわゆる「文化」ブームを引き起こした。「文化住宅」もその一つ。
 その語源、あるいは、その名称の使用の源を探ると、その一つに1922(大正11)年に開催された東京平和記念念博覧会の会場に設けられた住宅実物展「文化村」に辿り着く。
今回は、この文化村の住宅について、その概要、当時の住宅評等をもとに簡単に振り返り、その果たした意味を考えてみたい。

○大阪のイマジュリィにおける分離派的なるもの──盛り場と沿線モダニズム──
橋爪節也(大阪大学)15:55-16:35
大阪には分離派の影響を受けた建築や橋梁が残される一方、大正初期に道頓堀中座前に開店した「キャバレー・ヅ・パノン(旗の酒場)」は、「白亜のゼセッション風の酒場」と呼ばれて明確に分離派をとりいれたカフェであり、同じ道頓堀の「松竹座ニュース」にもプラトン社によって分離派風のデザインが用いられるなど、幅広い都市生活に分離派の影響が浸透していたことがわかる。建築にもふれながら、美術史と都市文化史の視点から、大阪の街における分離派と“大大阪”の時代に至るモダニズムの展開を報告する。

○ディスカッション 16:35-16:55
モデレータ:田所辰之助(日本大学)

○閉会:田路貴浩(京都大学)16:55-17:00

定員100名、入場無料、予約不要

みなさまのお越しをお待ち申し上げます.

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# by d_ama | 2017-10-03 20:57 | events / art
2017年 01月 17日
すっかり遅れてしまいました
もうセンター試験も終わったというのに,今更ですが……
明けましておめでとうございます.
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# by d_ama | 2017-01-17 14:24 | human network
2016年 11月 24日
2016空間造形と社会
受講者の皆様,本日はご迷惑をおかけしました.
配付資料は以下のリンクにありますので,各自プリントアウトするとよいと思います.
https://drive.google.com/open?id=0B2S56VGNFQuJdVMzaXAtZ0hoTWM
どうぞよろしくお願い申し上げます.
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# by d_ama | 2016-11-24 11:54 | institutions
2016年 11月 07日
僕だってやりかねない
TDWにも行ったしあの作品も見たし中で子供遊ばせて僕も付いて行ったんだ。鉋屑の香りがいいなんて呑気なことも口にした。まだ日が照ってる時間だったからか、照明については覚えてない、ということは僕は危険を察知できなかったんだ。
子の親としても、そういう場に学生を送り込める、さらには運営側にまわりうる立場としても、いかに他大学とはいえ通りがかった客としても、頭に刻み込んでおかなければならない。文書いてるだけの専門とはいえ、それなりに失敗はあった。他山の石というほど突き放すこともできなくて、自分の山を降りたら河原の中洲に落ちていた感じ。ひたすら痛ましい。
動画を撮るより他にない、火がある程度収まるまでいくばくも手出しできない場の無力感、その場を生み出した人員体制、崩された製作物の跡に残された犠牲者とおそらくしばらくはものを作れなくなるだろう関係者たち。犠牲者の御霊の安寧をお祈り申し上げる。

ただ長期的な話でいえば、学生が力を試せる場が縮小しないよう、新たな体制を期待したい。数年かかるかもしれない。文芸大のグランプリ獲得が霞んでしまったのもさすがに少しは気にかかるが、僕のできることはウチの学生達と総括していくことだろう。彼らにも衝撃は大きいはず。

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# by d_ama | 2016-11-07 00:26 | institutions
2016年 07月 07日
第2回ビチャラ会
学内の教員・職員・学生の自由な意見交換の機会──研究成果を報告する会ではなく,未来志向で研究のビジョンを語る会,「ビチャラ会」で天内が話した内容をストックしておきます.静岡はいつまでも東京と関西の間のフローだけ,経済成長に必要だったフローだけ見ていてはいけないのだ,自ら自身のストックを蓄えていかねば! と息巻いてしまったので.

ビチャラ会
2016-07-06 天内大樹

1.デザインミュージアムの可能性
V&A→デザインミュージアム ポンピドゥー MoMA クーパー・ヒューイット,NY
 → 国立デザイン美術館構想(三宅一生,青柳正規)←21_21 Design Sight

JIDAデザインミュージアム(信濃新町,六本木アクシス,大阪デザインセンターに展開)
日本デザイン団体協議会(D-8)はJIDAの実績からジャパン・デザイン・ミュージアム設立研究委員会を設置.

建築倉庫 450平米,天井高5.2m,寺田倉庫が運営,模型を『展示しながら保存する』ことで,高質な日本の建築模型の海外流出を防ぐ

小規模のデザインミュージアムのあり方(面積,体制,コレクション内容など)を検討
既存のデザイン団体や業界と無関係に構想できる(e.g. D-8に建築含まれず∵経産省vs.国交省)

2.西ギャラリーを保育園+こども図書館に ギャラリーは街中リノベ物件に進出
図書館の面積逼迫→絵本,育児・教育,デザイン教育などの棚を一階西ギャラリーに移設

男女共同参画の観点 cf. 静岡大学浜松キャンパスでは学童保育,休暇保育のニーズが高い(http://www.shizuoka.ac.jp/sankaku/rinkpdf/hoiku_needs.pdf)→夏休み学童保育所「キッズ・ラボ」.静岡キャンパスでは多目的保育施設「たけのこ」→学童保育,通常保育に発展するには共同設置?

認可保育所では0-1歳児で3.3平米,2歳児以上が1.98平米
認証保育所では0-1歳児で2.5平米 ……以上は補助金投入により,利用者限定不可
認可外保育所として大学関係者に限定して運営する例も多い
西ギャラリー185平米→30名程度? 浜松市東地区には保育園なし→認可・認証保育所も?
浜松市の認証保育所事業:





区分I類II類
乳児室、ほふく室0歳及び1歳児1人につき3.3m²以上0歳及び1歳児1人につき1.65m²以上
保育室2歳以上児1人につき1.98m²以上2歳以上児1人につき1.65m²以上
医務室"静養できる機能を有すること。事務室との兼用可同左
屋外遊戯場"2歳以上児1人につき3.3m²以上
ただし、施設付近にある屋外遊戯場
に代わるべき場所を含む。
設置の義務なし
調理室必置必置
便所幼児20人につき1以上同左


肴町,田町,鍛冶町を念頭に,リノベーションによるギャラリー移設
学生による自主的な管理・運用,一般利用も受付→日常的に学生が集う,人の姿が見える街中の維持・発展

その後の議論

保育園よりもファミリーサポートの拠点が現実的かもしれない.若い先生が人生設計をあまり顧みずに就職し,すぐに大都市大学に去って行く構造.大学院に博士課程がないけど……職員の生活も大事!

産業考古館の構想,浜松市美術館の改築構想時に都市・大学・民間の関与の度合いを巡って揉めた話.
鴨江アートセンターの利用,学生寮の設置構想,アクトシティ内へのギャラリー進出構想,楽器博物館への進出.街中への進出にはパートナーが必要(まちなか協議会とか).
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# by d_ama | 2016-07-07 19:53 | institutions